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『西方の魔女』東方視察編:8 前編 [『西方の魔女』]

お待たせしました?
ある意味『西方の魔女』最大の山場となる第八章の前編をお届けします!
今回は、謎多きイシス・ハミルトン中将の『本質』に迫る内容になっております。
とか、言いつつ実質的なネタばらしは、後編に続く訳ですが・・・(笑)
因みに、ここではイシスさんの副官であるトリヴァー中佐の『秘密』にも少々触れております。
それでは、興味のある方は『続きを読む』からどうぞ♪


錬金術の基本は 『等価交換』 であり
人はそこから何かを得ようとする時 『同等の代価』 を必要とする

・・・ならばコレが 『同等の代価』 の結果なのだろうか?

『西方の魔女』東方視察編 第八章 ~ Break Point ~


 その日、ロイ・マスタング大佐はイシス・ハミルトン中将と共に、東方に於ける犯罪の変移と軍の出動傾向、その解決手段の多様化についての検討を行っていた。
 ハミルトン中将が統括する西方は、砂漠が大半を占める東方とは違い、その面積の約3分の2以上を湖水に囲まれた豊かな農業用地で、またその残り3分の1近くはなだらかな丘陵地帯とで占められていた。一見して動乱とは無縁なその穏やかな土地柄はしかし、その豊かさの反面で何かと侵略の標的となり易く、他国と隣接する国境での緊張を孕んだ空気が、この所では軍上層部に於いても問題となっている。
 しかし国境での緊張状態を他所に、周囲を農業用地で囲まれた西方司令部内中央部門には信じられないほど穏やかな空気が流れていた。無論そこでは犯罪やテロによる軍の出動、と云うものは滅多にないらしく、ロイが 語る東方に於けるテロ対策やその取締り警護の為の巡回、包囲網の展開と云った軍の作戦行動に対する中将の関心は高かった。
 かと言って当のイシス・ハミルトン中将には、テロ対策やそれに伴う作戦行動や実戦指揮の経験がないのか、と云えば、それは思い違いも甚だしい。
 寧ろ作戦指揮や実戦回数について比較をするならば、彼女は解放戦線時代からイシュヴァールの内乱以前、そしてイシュヴァール作戦に於いては、その初期から終焉までにかけての様々な戦場を駆け巡りながら数々の戦績を挙げており、イシュヴァール作戦後期に投入されたロイなどでは足元にも及ばないほどの戦歴と経験を有していた。
 しかし現在の所、主に中央部門での管理的な仕事に縛られ身動きもままならない彼女は、そこに漂う穏やかな空気を憂慮してはいたが、如何せんその立場上、直接国境へと出向く訳にもいかず...彼女自身が本来持つ能力やその豊富な実戦経験が有効に発揮される事はまず不可能に近い状況にあった。
 そして、その反動かどうかは定かではないが、ハミルトン中将がロイに示した西方に於ける下士官用の基礎訓練メニューは ――― 現在の東方での訓練メニューと比較しても ――― かなり高度で厳しいものがあった。しかし、それとて序の口であった事がその後に判明した。
 そう、因みに・・・と言いながら、それとは別にまた中将が士官用の特別訓練メニューにと考案した内容を目にするに到って、ロイは最早口許を引き攣らせながらも目の前のハミルトン中将の笑顔を凝視するしかなかった。
 何故ならそれは、厳しいを通り越し既に実戦並のサバイバル戦、そのものだったからだ。
 そのメニューを目にしたロイが蒼褪めながら『これを1日でこなすのは不可能に近いのでは?』と、思わず呟いたのを耳にすると、彼女は如何にも楽しそうに笑いながら、流石にそのメニューをこなせる者は西方でも若干名である、と白状した ――― とは言うものの、彼女が今回の視察に同行させた4名の部下達は、当然の如くその若干名の中に数え挙げられている。
 その事実に対して、ロイが素直な賞賛を送ると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら『そんな事を言っても、君の所にはやらないよ?』と言ってぺろりと舌を出して見せた。
 ロイは彼女のその上級者らしからぬ仕種に微苦笑しながら、その時ふと、ヒューズが与えてくれたとある情報を思い出していた。

 ――― なんでも最近、中央へ交換研修に来る地方の士官達の中に、実戦経験は乏しいものの、その基礎体力や模擬戦闘、机上での理論展開に秀でたものを持つ有望株が多く見られてな。その実態を知った軍上層部は、交換研修中にも拘らずその士官達を半ば強引に引き抜き・・・その結果、優秀な人材が数多く中央へと流入して来ているらしい ―――

 そう深刻そうな表情で話しをしていたヒューズが、そこまで言って一呼吸おいた。そうして、最後にニヤリと不敵な笑みをその口許に浮かべ・・・
 ――― 気をつけろよ、ロイ。お前もうかうかしていると、中央にポストがなくなるぞ? ―――
 と、警告じみたことを言いながら話を締め括った。
 その時は『私を見縊るな。』と、ヒューズの言を笑い飛ばしたロイではあったが、今朝方将軍のもとへ定期報告に出頭した際に目にした写真やその場で何気なく示唆された話題とを思い出し眉間の皺を深くした。そして、何故だか今目の前に居る、なにか底知れぬ力を秘めたイシス・ハミルトン中将が本気を出せば、中央に於ける自分のポストは確かに危うくなるかもしれないな? と、嫌な想いに囚われ始めていた。

☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆

 そして、ハミルトン中将の東部に於ける視察が一段落した或る日、突然軍部への出動要請が入った。それは東部市警察から軍への協力要請であった。
 なんでも市街の建物の一部が武装集団によって占拠され、その包囲を展開し鎮圧することで生じるであろう市街全域に対する被害の拡大を懸念した上でのものだった。
 その市警察からの寄せられた要請内容の一点に目を留めると、ロイは僅かに眉を顰めた。
 どうやらその武装集団の中には錬金術師が含まれているらしく、それこそが被害を拡大させると共に市警察の頭を悩ませる原因を作っているらしい。

 「『水』・・・か ――― 厄介だな。」

 ロイは敵側の錬金術師が市警察に対し示した属性と、自分が得意として扱う属性との相性とを鑑み、暫くするとため息を吐いた。しかしその後に直ぐさま頭を切り替えると、建物の構造や武装勢力の情報収集など、作戦開始に向け慌ただしく次々と部下に命令を発していった。
 やがて占拠された建物とその周辺の地理、集団のおおよその人員配置など、作戦立案のために必要な情報と手筈がある程度整い、あとは作戦を実行に移すだけと云う最後の段階に入ってはじめて、ロイはイシス・ハミルトン中将から今回の作戦実行状況を見学したい、との申し出を受けた。
 どうやら、今までの準備段階では傍観を決め込むかのように見えた中将は、その実しっかりとロイの一連の行動を掌握していたらしい。
 そんなハミルトン中将にロイは、何故もっと早期の段階から見学を申し出なかったのか、と思わず尋ねていた。
 それに対し彼女は、邪気のない柔らかな笑みを浮かべながら『それじゃあ君の真価が見えてこないじゃないか?』と、ロイに向ってサラリと言ってのけた。
 ――― 確かに、今まで彼女-イシス・ハミルトン-と云う存在を意識しなかったが為に、ロイは通常の手順に従い準備を進めてきていた。
 しかしもし、自分よりも明らかに豊富な経験を持ち、その上実戦も重ねてきた上級者が傍にいれば、自分はなんだかんだと言ってその相手を意識して作戦を立てようとしただろう。
 彼女はロイに、それでは意味がないと、そう示唆してみせたのだ。
 その時、ロイ・マスタングは改めてイシス・ハミルトンと云う女性が男性優位となりがちな軍内部に於いて、家柄云々は別としても20年かそこらと云う、考えようによっては短い期間に将軍職まで登りつめて行けたのか、と云う事実を肌で感じると共に、その度量を垣間見た気がした。

☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆

 「イシス中将、よろしいのですか?」

 市街にある建物の一角に陣取った武装集団と、それに対し包囲網を展開している東方軍の駆け引きとを、やや離れた位置から見学していたイシスに、副官であるトリヴァー中佐がそう声をかけた。
 彼を除く部下達は、作戦実行部隊にそれぞれが密着しておりこの場には不在だった。
 「ん~? 何か問題でもあるの、ジェシー?」
 イシスは寛いだ様子で戦況を見守っていたが、副官の意味ありげな問いかけに対し小首を傾げると振り返り、永年自分の副官を勤める相手を見遣った。
 その当の副官はと云えば、なにやら眉間に皺を寄せるようにしながら手元の資料を検討していた。
 問題・・・と云う言葉はこの際、不適切だろう。何故なら、トリヴァーは現場到着前に揃えられた周辺の地理や武装集団の規模、と云った情報がどうやらかなり正確である、と云う事実を現場到着の時点で既に掌握していた。 それ故に、彼にはどうしても気になる事があったのだ。それは ―――
 「事前の情報や部隊の展開、と云った内容にはこれと言って問題はありません。しかし・・・」トリヴァー中佐はそこまで言うと、やや口調を濁した。「 ――― この条件下での作戦行動は、こちら側には不利ではないでしょうか?」
 そして彼は、その視線をイシスの後方に位置する、とある一点へと向けた。
 「・・・むぅ~? ジェシーの言う不利な条件ってアレのことかな?」副官からの指摘に、イシスは考え込む様な素振りで苦笑しながら、武装集団が占拠している建物を不自然に取り囲むように錬成され、尚且つ実際に水を湛えた如何にも浅そうな『外堀』を指差した。「 ――― まぁ下手に突入されないように、と考えた割にはお粗末だよね?」
 「・・・確かに。」僅かな逡巡の後、彼は憂鬱そうな表情で頷くと、言い難そうにしながらも、やがては仕方がなさそうな様子で話をつづけた。「 ――― しかし、現在この作戦の指揮を執るマスタング大佐の属性は『火』です。」
 副官のその指摘に対し、途端にイシスが露骨に顔を顰めた。
 「 ――― 何が言いたいのかな、ジェシー?」
 そうして問いかけるその口調は、明らかに今までとは違う『棘』を含んでおり・・・二人の周囲を冷たい空気が流れていく。しかしその程度の空気で怯えて引き下がるほど、ジャスティ・トリヴァー中佐は柔ではなかった。
 「別に深い意味はありません。ただ・・・予防線を張っておくに越した事はない ――― と、そう言う事です。」
 そして、彼のその答えの後で再び訪れた沈黙は、しかし決して前ほど険を含んだものではなくなっていた。
 「あのねぇ、ジェシー?・・・あんま派手にやると、こっちの越権行為になるんだけど・・・それ、解ってる?」
 イシスは、常に最悪の事態を想定してくれる副官に向って、弱々しい笑みを向けると嘆息した。
 「はい。しかし、もしもの場合、いくら市民を避難させているとは云え、市街に与える被害は大きいかと。」
 「・・・ん~? まぁ、確かにそうなんだけど・・・」
 「要は何か問題が生じた場合、最終的に問題視されるのが東方司令部の手際だけでない、と云う事です。」何もそこまで・・・と云った様子で、尚も自分の言葉を遮ろうと試みる上官に、しかしトリヴァーは憂鬱そうに口許を歪めるとつづけた。「 ――― そう・・・下手をすれば、市民から軍全体の組織力を疑われることにも繋がる訳です。」
 副官のその尤もな指摘に、イシスの眉間の皺が深くなる。
 彼女とて、そのことは西方の国境地帯の紛争に対する市民達の反応からも、十分予測し承知していた。それでも今までその点に関しては、自分の置かれた立場上の問題もあり、敢えて触れない様にしてきたのだ。
 しかし、彼女が普段から口では色々と文句を言ってはいても、誰よりも全幅な信頼を寄せ、傍に置いている副官の言い分は常に理に適ったものだった。
 「・・・ほどほどにしなさいよ。」
 だからこそ彼女は肩を竦めると、やがてため息混じりにそう呟くしかなかった。
 そして、イシスのその、ため息混じりの許可を得て、漸くトリヴァーは準備を始めるべくその場を後にした。

 ロイ・マスタング大佐の指揮のもと、軍が布いた包囲作戦は完璧だった。
 また、実際にその作戦を遂行した部下達は、無駄な手順などを一切踏むことなく、建物への突入後、短時間で武装集団を一網打尽にしていた。
 そんな中、指揮を執り終えたロイがホッと一息ついたところで、イシス・ハミルトン中将が満足そうな表情を浮かべながら遣って来るとロイの隣りに並んだ。
 どうやら今回の作戦は、イシス中将から見ても充分に合格点を出せる内容だったらしい。
 これならば、あとは市警察に犯人達を引き渡せば、それで全てが終わるだろう。

 しかし、軍が市警察側に犯人達の身柄を引渡し終わった、とそう思われたその時 ――― それは起きた。

 悲鳴と怒号の混じり合うと音と共に、見慣れた錬成光が奔る。
 ――― それは武装集団の中に潜んでいた錬金術師が、連行していた警官の手を振り払い、その手の中に隠し持っていた練成陣の描かれた紙を堀の傍に置いて発動させたものだった。
 この場合に於いても、当初ロイはそれほど事態を問題視してはいなかった。と云うのも、その錬金術師の技量程度でならば、例え土壇場で何かを錬成したところで結果は知れており、大きな被害を生み出せるほどのモノではなかったからである。
 だが不幸にもその時、ロイにとっては予想外の、そして最悪な事態が起こった ――― その光景を目撃した警官が慌てて錬成の途中、つまり『再構築』の最中に術を発動させていた錬金術師に向って発砲したのだ。
 
 そして・・・『再構築』の段階で錬成を中断され、制御を失い行き場をなくしたかに見えた水は、しかし勢いを衰えさせるどころか錬金術師による力の制御を失いながらも、却って勢いを増して垂直に立ち上がっていく。
 それを見た錬金術師の口許に、不敵な笑みが浮かび ――― しかしそれも長くは続かなかった。何故なら、笑みを刻んでいたはずのその口許から次の瞬間、断末魔のような悲鳴が洩れたからであり ――― そして・・・
 術者本来の能力以上の錬成の『代償』――― そう、それは・・・彼の錬金術師にとっては、大き過ぎるモノとなった ――― 周囲の面々が見守る中で、見る見るうちに男の両腕が・・・『液化』した! ――― 『リバウンド』である。

 ロイは軽く舌打ちすると、咄嗟にその制御をなくした水を分子 ――― つまり、水素と酸素に変換しようと試み・・・周囲の状況を鑑み慌てて止めた。

 ( 包囲網の中に、あまりにも火気が多すぎる!!これでは引火の危険性が高すぎて却って危険だ!!!どうする!? )

 今にもその場に居る自分の部下達のみならず、やがては避難させているとは云うものの一般市民達をも飲み込もうとする水柱を前に、ロイは成す術もなく奥歯を噛み締める。
 ギリッ・・・と、嫌な音がした。

 時を同じくして、イシスは自分の隣りに立つ大佐が行動を起こしかけた途中で逡巡し、その後に歯軋りするのを耳にした。そして、ロイが示した僅かな逡巡の間に、その場の状況を把握する。
 彼らの目の前には錬金術師の制御を失い、今まさに彼らに襲い掛からんとする水柱・・・そして同時に彼らの周囲には、包囲網を布く際に集められた銃火器と、それに付随するガソリン特有の嫌なにおいが漂っていた。
 そう、ロイ・マスタング大佐の銘は『焔』であり・・・そうしてそれは、彼が決して火炎を練成することだけが得意である、と云う事を意味するものではなかった。発火布に描かれた練成陣を媒体とし、シングルアクションで空気中の酸素濃度の調整を得意とするならば、同時に分子結合や変換をも得意とする、と捉えて間違いはないだろう。
 その彼がもしここで得意分野に当たる錬金術を使い ――― 今や軍が布いた布陣の眼前まで押し寄せつつある ――― 水柱を分子変換したとしよう。その結果として、この場には分子変換によって生じた大量の可燃性元素が存在することになる。無論それだけを取り上げてみれば、別になんの脅威にもならないだろう ――― しかし・・・一度その場に火花の一つでも上がれば・・・結果は火を見るよりも明らかとなる。
 故に、この場の状況を収めるには、彼が得意とする錬金術の使用はあまりにもリスクが高過ぎるのだ。

 『要は何か問題が生じた場合、最終的に問題視されるのが東方司令部の手際だけでない ――― 下手をすれば、軍全体の組織力を疑われることにも繋がる訳です。』
 その時、突然なんの前触れもなくイシスの脳裡に、憂鬱そうに歪められた口許から零れ落ちていった副官の言葉が甦り・・・そして、消えた。

 ――― それ故に、彼女は躊躇うことなく決断を下した。

 「ジェシー!!」

☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆

 緊急事態を前にして、自らの副官の名を呼ぶイシス・ハミルトン中将の凛とした冷静な声は、今にもこちらに向って押し寄せようとする水柱を前に、包囲網の前線で待機していたハボックのところにまで十分に届いた。
 そして・・・「 ――― 了解しました。」と、それに答える中将の副官であるトリヴァー中佐の冷静な声が、いつの間にかそのハボックの直ぐ近くで聞こえ ―――
 次の瞬間、ハボックは自分の直ぐ真横で起こった錬成反応に唖然とし ――― 自分の隣りで一部始終を共に目撃していたらしい中佐の手の中で ――― その光が増していくのをただ茫然と眺める事しかできなかった。

 それは、異様なまでに美しい光景だった。

 「なっ、なにが・・・!?」

 前線で激しい錬成反応と共に巻き起こった突風が、今まさに自分達に襲い掛かろうとしていた水柱の進路を塞ぎ、まるで絡め取る様にしながら一ヶ所へと集積していく様を目の当たりにして、ロイを始めとした東方司令部の面々の誰もが息を呑み唖然とする。
 しかも目の前の錬成は、それだけでは終息しなかった。
 激しい突風により絡め取られた水柱が勢いを盛り返す間もなく、つづいて ――― 今度は砂塵を巻き上げるようにして ――― その集積された水を囲むように堤防が錬成されていった。そして・・・

 目の前にそそり立つ強固な堤防を前に、ハボックは理不尽なまでの驚きを隠すことも出来ずに、かなりの力を要するはずの錬成を、一度ならず二度までも行った『錬金術師』を見つめた。
 その胸中を巡る思い複雑だった。
 何故なら ――― この男性-ひと-は、イシス・ハミルトン中将の副官のはずだ ――― と、云う事実であり、しかしイシスは・・・

 「中佐は・・・『錬金術師』・・・だったんスか?」
 「 ――― 驚くほどのものでもあるまい?」

 ジャン・ハボック少尉の明らかに驚愕したような声音に、トリヴァーは軽く肩で息をしながらも、それを隠すようにして肩を竦めて見せた。途端に相手の顔色が変わる。そして、尚も何かを言い募ろうとするハボックを牽制するようにトリヴァーは言葉を継いだ。
 「私はこれでも諜報部あがりでね。」その自分の言葉に、彼の少尉はそれが何の関係があるのか?と云った表情で眉間に皺を寄せたが、開きかけた口を閉じて僅かに首を傾げるとトリヴァーの次の言葉を待った。「 ――― そこでの基礎は、敵を知るには敵の力を知れ、だ。そして対する敵の中でも、一番厄介な相手になり得る錬金術師に対処できるよう、錬金術の基礎を必ず遣らされる。」
 彼がそう言って言葉を切ると、案の定その説明だけではどうにも納得がいかない、と云った様子でハボック少尉が顔を顰めながらも次の質問をしてきた。
 「じゃあ、資格を持っている・・・と云う訳じゃあないんスね?」
 「ああ、私にはその適性があった ――― ただそれだけだ。君の上官のように極めるつもりはない。」そこまで言って、トリヴァーは口許に苦笑を浮かべるとハボックに背を向け歩き出した。「・・・第一に軍属の錬金術師だからと云って『国家錬金術師』になる必要はないし、簡単に成れる訳でもない。それに・・・」

 ハボックはその遠くなっていく背中にじっと視線を合わせ続けた。だからその呟きが聞こえたのは、きっと偶然ではなかったのだろう。
 トリヴァー中佐は、確かにこう言った。「それに・・・イシス中将は『錬金術』が嫌いだからな。」と ――― では彼には、ソレがどう云う意味を持つものであるかが分かっているのだろうか?

 (それでも彼女は・・・貴方を手放せないんですね?)

 ハボックは遠ざかって行くトリヴァー中佐の背中から視線を外すと、事態の収拾を図るべく部隊の再召集をかけた。

☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆

 「う~む、ジェシーってば・・・相変わらず派手な錬成をしてくれたわね。」
 眼前にそそり立つ堤防を前に唖然とするロイの横で、イシス・ハミルトン中将がやれやれ、と云った風情で呆れた様にため息を吐いた。
 「ハミルトン中将!これは、いったい・・・!?」
 その、如何にも仕方がない、と云った口振りで呟く中将の声音に、ロイは目の前で起きた真相の鍵を握るであろう相手に向き直ると、色々と問い質すべく口を開きかけた。
 しかしその時、事態をまるく収めた当事者とおぼしき人物の ――― 既にロイも聞き慣れつつある ――― 良く通る低い声が、彼の質問を遮るようにして背後から聞こえてきた。
 「ああ、マスタング大佐。先程は失礼しました。越権行為でしたが ――― 最後の最後になって、やはり使わざるを得ませんでした。」
 ロイに対し、僅かに謝罪の色を滲ませた声音でそう報告したトリヴァー中佐は、しかしそのあとで「遣り過ぎだったでしょうか?」と、チラリとロイに視線を寄越しながらも、最後は直属の上司に向ってお伺いをたてていた。
 「・・・かなり派手だったけど、今回はまぁ、仕方ないだろ?」その副官からの問い掛けに、ハミルトン中将が当然の様にそう答えると、それから穏やかな笑みを浮かべつつ労いの言葉をかける。「・・・ご苦労様、ジェシー。久しぶりの上、二回も錬成したんだ。流石に疲れただろう? 休んでいいぞ。」
 ロイは、そんな二人の遣り取りにやや憮然としながらも、事態を収拾した『錬金術師』を見遣った。

 初対面の折、知らなかった事とは云え、イシス・ハミルトン中将の前で『錬金術』を使った為、そのナイフの洗礼を受ける、と云う失態を演じたロイに対し ――― 中将はこと『錬金術』に関しては、あまり良い印象を持っていない ――― と・・・自らの上官をそう表現した当の本人で、またその中将の副官でもあるジャスティ・トリヴァー中佐が、まさか自分同様『錬金術師』だったとは、流石のロイも予想すらしていなかった。
 しかもこの件さえなければ、中将も自ら進んで手駒である部下の能力を、ロイに知らせるつもりはなかったのだろう。自己紹介の際には、話題にすら上らなかったその事実が、ハミルトン中将の自分に対する評価に繋がっている様でもあり、何故だかそれがロイの気持ちを暗くした。

 ――― しかし、まぁそれも当然か。

 自分とは違い『錬金術師』でありながら、永年に亘って彼女の信任を得ているであろうトリヴァー中佐の姿に、ロイは思わず自嘲の笑みを零した。
 そう、あの状況から大きな被害を出す事もなく、事態が無事に収拾したのは確かであり・・・喜ぶべき事だろう。
 しかし、その功労者が実は部外者である、と云う事実を加味すると、それはロイにとって何とも言えぬ苦々しさを伴うものになる・・・と云う事も確かだった。
 まったく、この事実を報告書に一体どう纏めれば良いものか・・・と、ロイがため息を吐いた瞬間...

 「 ――― では、マスタング大佐。水の始末は君に頼もうか。」

 イシス・ハミルトン中将がいきなり、さも当然だろうと云った様子で、ロイに向ってそう言うと、にこりと共犯者めいた笑顔を見せてきた。
 「・・・はぁっ?」
 だからだろう。ロイはその展開についていけずに、思わず間の抜けた返事を返していた。
 すると彼女はそんなロイに向って、何を惚けているんだい?と、前置きしてから再度、堤防内に堰き止めた水の始末を促してきた。
 「あの中なら、誘爆の心配もあるまい?」
 その上、そう訳知り顔で言い足した上官に、ロイはこの女性-ひと-は自分が考えそうな事は全てお見通しらしい、と諦めたように苦笑しながら質問した。
 「あの時、私がしようとしていた事を、ご存知だったのですか?」
 「君が咄嗟に判断した事ぐらい、私にも分かっているよ。勿論、それが出来なかった訳もね。」そう言って彼女は、当然だろう?と、云った様子で肩を竦めて見せた。「 ――― まぁ、あの状況で我々-西方の軍人-が介入したのは、確かに越権行為かもしれないけれど、市民の安全を第一に考えればそれが何処の部隊であれ、軍が動いた、と云う事の方に意味を見出すべきだ。」
 だから気にする事はない ――― と言外に、そう告げてからイシス・ハミルトン中将は次の行動を促す様に、ロイが後についてくるのを確かめる素振りも見せず堤防の方へと歩き出した。
 それから彼女はふと思い出したように、ロイの方に向き直ると提案した。
 「 ――― ああ、それと部下達は後方に退かせておいた方がいい。これからの作業には必要ないし、実際のところ彼らが居ても却って邪魔なだけだ・・・だろ?」
 それは一見すると冷たい言動ではあったが、確かにこれからロイが行おうとしている作業には、展開させている部下達は不要だった。否、寧ろこの際、邪魔だと言ってもよい。
 そう、何かの拍子に堤防内で分解した水素と酸素とが引火しようものなら、軍は壊滅的な被害を受けることになるだろう ――― それでは本末転倒も甚だしい。
 ロイは何の躊躇いも見せずにその場を歩み去る、小柄な女性将官の後ろ姿を感慨深げに見送りながら、その黒曜石の瞳を細めた。
 やはりこのイシス・ハミルトンと云う将軍は、冷静に先々の事まで計算に入れ、しかも合理的に事を進めていくタイプらしい。これほどの手腕を以てすれば、きっと部下からの信任も篤いだろう。
 ――― まったく・・・上には上が居るものだ。
 ロイはそこまで考えてから、思わず詰めていた息をゆっくりと吐き出した。そして、近くで全てを掌握しているであろう自分の副官に向って、部隊の撤退を進めるよう指示を出した。

 その後ロイは、堤防内の水の後始末に関する提案に対し抗議の声を挙げるホークアイ中尉を宥めると、独り堤防の傍にと残った。そしてその堤防を目前にして、ロイは改めてトリヴァー中佐の錬金術師としての才能に驚嘆した。
 まったく、あの状況で咄嗟に錬成したであろう堤防は、計画的に進めた工事であってもこうはなかなか造れないだろう、と言うほどしっかりとした造りをしていた。これほどの強度があれば、例え内部で誘爆が起きたとしても周囲への被害は必要最小限に抑えられるだろう。しかしそれは同時に、この堤防の破壊が極めて困難を有するモノである、と云う事実を内包していた。
 それでも、最終的にはこの堤防も、いずれは撤去しなければならないものであり・・・
 
 「しかし、これだけの規模の物を破壊するとなると、少々ことだな。」
 
 故に、ロイは思わず堤防を見上げると、ため息混じりにそう呟いていた。
 すると途端にその横で「む~っ、やっぱりそうだよな?」と云う呟きにも似た愛らしい声が、そう相槌を打つのが聞こえ・・・ロイは慌てて声の主を見遣ると ――― 脱力した。

 「・・・この場合、中将も下がっていた方が宜しいのでは?」

 ロイはこの場に留まるにあたり、下手をすれば危険な事態に成りかねないから、自分独りでいい・・・と、そう言ったことで、副官であるホークアイ中尉から指揮官としての心得を散々説教された。
 それでも、自分以外の人間が傍に居ても役には立たないだろう?と言って釈明し副官を怒らせた手前、まさか同じ立場に立つであろうイシスが自分の隣りに居ようとは、流石のロイも考えてはいなかった。

 (・・・トリヴァー中佐は、止めなかったのだろうか?)

 その時、ロイの脳裡に浮かんだ尤もな疑問はしかし、自分の事をしっかりと棚上げしていた。
 「なんで?・・・言い出しっぺは私だし、指揮官云々から言えば、私はここでは部外者だし・・・今更だよね?」
 ロイの提案にそう言って、不思議そうな表情を見せながら自分を見上げてくる、この場に於ける最上級者であるイシス・ハミルトン中将は、やがてポンと両手を打ち合わせる様にしてから、あ・・・部外者って言うのが問題か、となんとも場違いな点で納得してくれた。
 ロイはイシスのその様子に脱力しながらも、そこで再び後方へ下がって貰うべく説得を試みようとした。
 「 ――― まぁ、堤防の撤去に関しては、こちらで何とかするよ。それでいいだろ、大佐?」
 すると彼女は、ロイの機先を制するように今度は別の提案をしてきた。
 ロイはその提案に、目をパチクリと瞬かせた。もしかしなくても、この提案はかなり自分にとっては有利なモノかもしれない・・・と云う打算が、その時ロイの中で働いたのは言うまでもなかった。

 イシスは堤防の撤去に関する提案をロイ・マスタング大佐にしてから、後方に居る自分の副官のほうへとチラリと視線を遣った。しかし、当の副官はもう一人の自分と同じ立場に居る副官-ホークアイ中尉-を宥めながらも、イシスの視線に気が付くと ――― 首を横に振った。
 しかもその応えに思わずイシスが、え~っ? と云った表情を見せると、貴方の責任でしょう? やるなら最後までおやりなさい、と云った風に肩を竦められてしまった。イシスは副官のその態度から、堤防撤去の為の最終責任は自分が取らざるを得ない状況にある事を見て取ると、やれやれ仕方がないな~・・・と云った様子でため息を吐いた。
 そしてなんやかやと理由をつけてから、自分を下がらせる事は不可能である、と云う点を大佐に分からせると、堤防内の水の処理を開始するのに必要な練成式を構築し始めた大佐から離れた。
 やがてイシスは、マスタング大佐が練成陣を用いて堤防内の水の処理を始めたのを確認すると ――― 徐に、普段は滅多に使用はしないが、常に携帯だけは忘れた事のない特別なナイフを取り出した。
 それから彼女は、仕方がなさそうに溜め息を吐くと堤防へと向き直り・・・ ――― 準備を始めた。

☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆

 「マスタング大佐・・・終わったかな?」
 堤防内での練成光の輝きが一段落した頃、ハミルトン中将がロイの首尾を確認するように、そう問いかけて来た。
 「はい、中将。酸素は重いですからまだ停滞してはいるでしょうが、気化した水素は霧散してそろそろ危険域を脱したでしょう。」
 ロイはそう答えてから、いつの間にか当の中将が自分から随分と離れた位置に立ち、難しい顔つきで腕組みをしながら堤防を睨んでいるのを認めた。それから、はぁ~っ、と大きくため息をつくのが聞こえ・・・やがて彼女は、気のない口振りでロイに向って命令してきた。

 「んじゃ~悪いけど、大佐。少し・・・さがってくれ。」
 「は?」
 「 ――― だから、退ってくれないかな? た・い・さ!」

 中将からの予想外の命令に、ロイがその意図を図りかねて思わず疑問の声をあげると、彼女は珍しくイライラした様子でロイを一瞥すると命令を繰り返した。
 そして、その声を耳にした途端、ロイは無意識の内に、そのやや険を含んだ彼女の二度目の命令に従うよう、堤防から後退していた。

 「・・・あんま『コレ』と、それに『是』も使いたくないんだけどなぁ・・・」
 
 ロイが後退したのを見て取ると、イシス・ハミルトン中将はそう呟きながら手にしたナイフに視線を落とし、やがて両手を ――― その手にしたナイフを添える様にして ――― 堤防へと押し当てる。
 その時になって初めて、ロイはそこ-堤防-に描き出されていた『練成陣』の存在に気が付いた。
 そして、その『練成陣』が意味するもの・・・それは、この場合一つしかあり得なかった。

 「ハミルトン中将!? ――― あ、貴女は、まさかっ・・・!?」

 やがてロイが唖然として見守る中、彼の目の前で見慣れた筈の ――― しかし明らかに何かが違う ――― 錬成反応は起きた。

                  To be continued ... Next coming soon

                

<『なかがき』と云う名の言い訳(爆)>

はい、いいところで「つづく」です(笑)。
さて、はて・・・トリヴァー中佐の『秘密』はここで暴露された訳ですが・・・ここでハボックが疑問視するように、イシスさんは『錬金術』嫌いで有名な訳ですよ。
それなのに、何故その副官が『錬金術師』なのか?
それ以前に、どうしてイシスさんは『錬金術』が嫌いなのか?
と云った新たな『謎』が出て来ます。
まぁ、その辺の『謎解き』は後編で語られていきますが・・・それだけで割り切れるような『感情』ではないことが、
今後は「前史」や「外伝」で書けるといいな、と思っております。

    http://webclap.simplecgi.com/clap.php?id=isisu


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2007-08-08 08:08  nice!(0)  コメント(0) 
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