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『西方の魔女』東方視察編:9 [『西方の魔女』]

お待たせしました?
前回、前々回と番外編が続きましたが、今回は久しぶりに『西方の魔女』本編の更新です。
いやぁ~、本編第八章は、なにかと物議を醸し出しかねない捏造設定づくしでしたが、Web拍手では相変わらずコメントなしが続いているので、まぁ問題はなかったのだろう...と好意的に受け止めることにしました(^^;
そうそう、Web拍手を押してくださる皆さんって、けっこう早起きなんですね?
7時台、9時台の拍手が意外に多くて吃驚です。ありがとうございます♪
さて、例のごとく興味のある方は『続きを読む』からどうぞ...


こんな時にこそ自分は 『化け物』 みたいな 『モノ』 なのだと
嫌になるぐらい実感させられる


『西方の魔女』東方視察編 第九章 ~ WILD ATTACK ~

 ハボックはバックミラーをチラリと覗き見ると、途端に小さくため息を吐いた。
 後部座席を占める空気は、どうやら最悪らしい。
 ――― まぁ、それも無理はない。
 何故なら、イシス・ハミルトン中将がかなり不機嫌そうである、と云う事実があったからで・・・どうやらあのオーラを漂わせている時のイシスが【障らぬ神に祟りなし】状態であることは、ハボックのみならず西方司令部の面々にとっても周知の事実であるらしい。
 しかも、その不機嫌の原因が『錬金術』絡みともなれば尚更だ。

 そう、正直言ってハボックもまさかあの時、あの巨大な堤防をイシスがああも簡単に破壊するとは思っていなかった。
 だからこそ、それを見た大佐を始めとするホークアイ中尉や同僚達の驚き様が気持ちを重くした。
 そして ―――

 「・・・化け物かよ・・・」

 ――― そう思わず洩らした下士官の呟きが、それに追い打ちをかける。

 無論ハボックは、自分に遺された唯一人の身内であり、叔母にもあたるイシスが『錬金術』を使う事は知っていた。そしてそれが、イシスにとってどれほどの重荷であるか、と云うことも・・・

 まるで最初から、大した質量ではなかったかの如く、呆気ないほど簡単に砂塵となって崩れ去る巨大な堤防を背に立つイシスと、それに向き合うように対峙していた大佐。
 その二人の只ならぬ気配に、ホークアイ中尉が大佐の方へ歩を進めかけ・・・トリヴァー中佐に止められていた。
 それから随分と長い間、イシスと大佐は何かを話していた。しかもその後の大佐の様子から、イシスが自らの内に秘めた、軍の機密にも関わる『真実』を告げたのであろう事が窺い知れた。
 故にイシスが教えたであろう彼女の秘密の一端に対して大佐がどう対処するか、と云うこともまたハボックにとっては酷く気になるところである。

 やがて話が終わると、イシスは後始末を大佐に任せ自分達は先に引き上げる旨と、その車の運転手としてハボックを指名してきた。
 イシスからのその要請に、大佐は僅かに逡巡してから、ハボックに向って車を回す様に命令した。
 その時大佐がイシスに向けた、困惑と憂慮 ――― そして微かな畏怖 ――― を秘めた表情が、ハボックの気持ちを更に暗くした。

 そこまで回想していたハボックが、現実を見つめ再びため息を吐きかけたその時・・・ハボックは『それ』を視界の隅で捉えた。
 『それ』は、本来であればここには存在しないはずのモノだった。
 何故なら、市街は武装集団の鎮圧のため軍が包囲網を布いた関係上閉鎖されており、既に事が済んだとは云え、まだ退避勧告は解除されていない。
 では、あれは・・・?
 ハボックは無意識のうちに車スピードを緩めると、ブレーキをかけながら助手席の方へと身を乗り出した。
 そして、次の瞬間・・・それは起きた。

 車のスピードが落ちたな、とイシスが意識したのと、ブレーキがかかったのはほぼ同時だった。そして次の瞬間、フロントガラスの割れる厭な音が、後部座席に座るイシスの耳にも届いた。 
 「ジャン!?」
 イシスは咄嗟に身構えると、同時に運転席にいるはずのハボックの安否を確認する。しかもかなり焦っていた為か、姓ではなく名前で呼んでから自分の失態に気が付いた。
 イシスのその呼びかけに、同乗していた部下達が一瞬、えっ? っと云った表情を見せる。
 しかし、いま彼らが置かれている現状を瞬時に理解すると、流石に直ぐ気を取り直し...先ずはジーンが車のドアを開け放ち素早く周囲を窺いながら車外へと飛び出していった。
 そして、飛び出すとほぼ同時に狙撃点と思しき場所に向って、視察の際に持ち出しながらも、結局は使う事のなかったライフルを威嚇目的で発砲する。

 ――― それが始まりの合図になった。

☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆

 次の銃撃が始まる前に、イシス達はそれぞれ車外へと脱出し素早く散開した。
 無論、彼らは襲撃された現状に対しての情報が不足しているこの状況では尚更のこと、司令塔でもあるイシスから離れ過ぎる様なへまはしない。
 故にイシスを中心として建物の影に身を潜めた彼らは、上官からの指示を待つべく待機しており・・・そしてその中には、ジャン・ハボック少尉の姿もまた含まれていた。

 「アレでよく無事だったな、ハボック少尉?」
 見事に割れた運転席側のフロントガラスを遠目に見ながら、西方司令部の面々の思いを代弁するかの如く、呆れた様にヘインズ少尉がそう呟いた。
 「え~と・・・幸運な偶然っスよ。」ハボックは自分に向けられた、色々な意味で痛い視線を受け止めながら、そう返事を返すと、種明かしを始めた。「実はあの時、閉鎖区域のはずの場所に『こども』の姿を見かけた様な気がして、気になって車を止めて確認しようとしたら、行き成りガラスが割れて・・・・・・いやぁ~、結構ヤバかったっスねぇ?」
 「『こども』?」
 フロントガラスの状態を改めて確認し、引き攣った表情でおどけた様に肩を竦めて見せるハボックの横で、表情を和らげていたイシスが、その時不意に『こども』と云う単語に反応を示した。
 「 ――― はい。ほんの一瞬だったんで、確かな事は言えないっスけど・・・何かを抱える様にして蹲っていたもんで、尚更気になって。」
 イシスの問い返す声音に含まれた響きに、ハボックが詳しい状況を補足する。
 「・・・迷い込んだのかもしれませんね。」ハボックの説明に、今度はトリヴァー中佐が僅かに顔を顰めると言葉を継いだ。「だとすれば、先程の狙撃音に驚いて、そのまま静かにしていてくれればよいのですが・・・」
 「見間違い、と云う可能性はないんですか?」
 あっさりとした様子でハボックの発言を受け入れ発言するトリヴァー中佐に、ダイアン准尉が半信半疑な様子でそう問いかける。
 「ジ・・・少尉の動体視力を考えると、それはないだろう。」
 イシスはそう言ってその問いかけを否定すると、次にハボックの発言を素直に聞き入れた副官の顔色を伺った。
 あまり知られてはいない上、当の本人が表情に出す様なタイプな訳でもないのだが、イシスは自分の副官が実はかなりの『こども好きな一面』を持っているのを、今までの長い付き合い上よく知っていた ――― 何故ならその事実がまた、彼女の心痛を増す結果へと間接的にも繋がっていたのだから ――― 先程の狙撃音と銃撃音、そしてこれから起きるであろう銃撃戦に怯えた『こども』が、その場でじっとしているかどうかは、確率的に言って半々だろう。

 「・・・ハボック少尉。」
 「なんっス・・・ととっ、なんでしょうか、ハミルトン中将?」
 ハボックは、思案深げに口を開いたイシスに対して、気軽な口調で応じかけてから自分の置かれている状況を思い出し、慌てて言葉を取り繕う。
 「その『こども』を見かけた場所まで案内してくれ。それからフィル、お前も一緒に来い。」
 そんなハボックの態度を一顧だにもせず、イシスはさっさとこれからの作戦の概要を組み立てると、作戦に見合った随行員を選出した。
 「イシス中将!」
 「分かってるよ、ジェシー。」途端に上がった副官の声に含まれた制止の色に、イシスは片手を挙げて応じてからつづける。「でもね、この場合は全員で移動するのは却って危険だし、『こども』を確保した場合に一人は傍に付けておくべきなら、適任者はフィルだろ?」
 イシスのその言い聞かせる様な、それでいて有無を言わせない口調に、彼女の副官は眉を顰めると、次に言おうとしていた言葉を無理矢理のみ込んだ。
 そう、西方組の中で一番攻撃能力が低いのはフィリップ・ダイアン准尉であり、同時に『こども』を扱わせるとするならば、一番安心感を与えられる相手もまた彼だけだろう。
 「あと出来れば、私が『こども』の件を処理している間に、襲撃者の大体の頭数を割り出しておいてくれると助かる。」
 イシスは未だに難しい様子で眉を顰める副官に、そう尤もな命令を下すと、安心させるかの様な柔らかな笑みを浮かべた。
 「 ――― 了解しました。」そのイシスの表情を目にした副官は、仕方なさそうにその上官からの命令を受け入れた。そして、そこで改めてハボックを振り返ると言葉をかける。「では、ハボック少尉・・・イシス中将を頼んだぞ。」
 「・・・了解です、中佐。」
 トリヴァー中佐から自分に向けられた初めての命令に対し、ハボックは僅かな逡巡の色をみせてから、それでも素直に従うと、イシスとダイアン准尉を先導するようにしてその場をあとにした。

☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆

 ハボックの案内に従って移動した一行は、5分もしないうちに問題の『こども』を発見した。
 年の頃は10歳前後と思われるその『こども』-少年-は、路地の隅に膝を抱えて座り込みながら、その震える腕の中に一匹の仔犬を抱いていた。
 発見当初は怯えて声も出せないでいた少年は、彼らの身に纏った青い軍服を目にすると束の間、ホッと息を吐いてから次に何かを思い出した様にビクリと身を竦ませると後退った。
 よくよく話を聞けば、少年の父親も軍人であり、もし自分がここ-軍の閉鎖区域-にいる事がその父親に知れれば ――― 例えそれが、迷い込んだ仔犬をそのままには出来ず、不可抗力であったりしても ――― こんな所にまで入り込んでしまった自分は、きっと大目玉を喰らう事になるだろう・・・と、そう怯えた様子で口許を戦慄かせながら、少年は彼らに理由を説明すると謝罪した。
 そんな少年に対し、イシスは穏やかで人を安心させる様な柔らかな笑みを浮かべると、思わずその小さな身体をそっと抱きしめていた。
 「大丈夫、絶対に怒ったりなんかしないから ――― だって君は、その仔犬を護ってあげていたんだよね? 怖かっただろうによく我慢したね、偉いぞ。」
 と・・・イシスがそう言いながら、優しく抱き止めた少年の背を軽く叩く様にして宥めると、途端に腕の中の少年は ――― 緊張の糸が途切れたのだろう ――― 声を挙げて泣き出した。
 イシスはその、自分にしがみつく様にして泣きじゃくる少年の背を、その後も暫くの間は宥める様に軽く叩きつづけていた。
 そしてハボックは目の前のその光景を、言い様もない既視感を憶えながら、言葉もなくただ立ち尽くし見守るしか出来ないでいた。

 周囲に立ち込める微かな硝煙混じりの嫌な匂いが、ハボックの中に仕舞い込まれていた遠い『記憶』の扉を叩いていき・・・腕の中の少年を慈しむ様に微笑むイシスの姿に、ハボックは『あの時』の自分と『母親』との姿がだぶってみえた。
 そう・・・『あの時』、自分を庇護してくれていた存在は、その後 ―――

 「 ――― !?・・・イシス中将!!!」

 その時、ハボックの思索を遮る様にダイアン准尉の誰何の声が上がり・・・次の瞬間、路地裏の壁にライフルの弾が着弾する鋭い音が木霊した。そして ―――
 「あっ!?・・・ダ、ダメだよ、『ジェイ』!!」
 少年の慌てた様な声と共に、大人しく腕の中に抱え込まれていた筈の仔犬が、その狙撃音に驚いたのか少年の腕から逃げ出した。
 「 ――― なっ!?」
 それと同時に少年を庇う様にして狙撃点から身を引いていたイシスが、仔犬を追って駆け出す少年を視界の隅に置きながらも、狙撃位置を確認するように顔を上げ、建物の屋上にライフルを構える狙撃手を視界に捉えると・・・驚愕の声を挙げる。
 何故ならその時のイシスには、明らかにその狙撃手の標的が自分達ではなく、仔犬を追いかけて駆け出した少年へと向けられているのが見て取れたからだった。
 だからこそ、その事実が ――― 考えるよりも速く、ハボックの上げる制止の声よりも速く ――― イシスの身体を動かしていた。
 「ちゅ、中将!!」

 仔犬を追って駆け出した少年に追いついたイシスは、咄嗟に右腕を伸ばし少年を引き寄せると、無理な態勢にも係わらずそのままのスピードを生かして斜め前方へと身を投げ出した。
 その際、鋭い痛みがイシスの利き足を襲う ――― しかし、そこで止める訳にはいかなかった。故に、既に身体に染み付いた一連の流れる様な動作で、宙に舞ったままのイシスの左手が一閃する。
 普通に考えれば、決して届かない距離であろうと思われるソレは、しかし『気』の加護を受けているかの如く空間を切り裂き ――― そして・・・狙撃手の次の一撃を確実に、否、永遠に止めていた。

 「イシス中将、大丈夫ですかっ!?」
 ハボックは、イシスを援護すべく取り出しながら、結局は使うことなく自分の手の中に残ったナイフに視線を落とすと、暫くどうするべきか悩んだ末、元の場所へ仕舞い込んだ。
 それからハボックは、少年を腕に抱えたまま地に伏したイシスに駆け寄るダイアン准尉の姿を確認すると、イシスの事は彼に任せ自分はそのまま仔犬の後を追った。

☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆

 「何処に行っていたんですか、少尉?」
 狙撃から20分ほどして、ハボックが漸く仔犬を抱えて先程まで居た場所に戻ると、途端にダイアン准尉の鋭い視線に射竦められた。
 「・・・え~と・・・拙かったっスかね?」
 「!? ――― よくも、そんな抜け抜けと・・・!!」
 「フィル、およし!」
 ハボックの困った様な返事に、激昂しかけた准尉をイシスが鋭い声で制した。
 それからハボックの腕の中の仔犬に目を留めると、未だに涙を浮かべる少年に仔犬を渡してやる様にと目線で示しながら小首を傾げる。
 「 ――― で・・・『収穫』はそれだけかな、少尉?」
 ハボックは腕の中の仔犬を少年に渡すと、イシスの方へと視線を戻した。
 彼女の軍服は少年を庇った際に付いたままの泥で少し汚れていた。それを目にすると、ハボックの中に再び ――― 今はもう脅威とはなりえない存在になった ――― 狙撃手への怒りが沸き起こった。
 アレは明らかに『こども』を庇うであろう『標的』を見越しての狙撃だった。
 戦略的な視点に於いてみれば、ある意味その点では狙撃手としての腕は評価には値する。しかし、それが自分の大切な存在を傷つける、となれば話は変わってくる。

 ハボックはやや憮然とした表情で頭を掻くと、肩を竦めた。
 「いいえ、中将。行きがけの駄賃に、二人ばかり片付けて来ました。」当然の様なイシスの問いかけに、あっさりとそう返事を返すと、ダイアン准尉のヘイゼルの瞳が驚いた様な色を浮かべてハボックを見上げてきたが、それを無視して言葉を継ぐ。「 ――― それと、まぁ半径500メートル以内にはもう隠れて撃ってくる様な連中は居ないかどうか・・・ぐらいは確認して来たっスけど。」
 「そうか・・・ご苦労、少尉。」
 イシス・ハミルトン中将はハボックのその答えに満足した様に微笑むと、今度は嬉しそうに仔犬を抱きしめながら泣く少年の頭をそっと撫でた。
 「さて、と・・・君には、ここに居るダイアン准尉と一緒に、安全な場所まで避難して貰おうか?また、今みたいな事が起きるといけないし、な?」
 「でも『お姉さん』はどうするの?」
 少年はイシスのその言葉に、涙に濡れ心配そうな色を浮かべた蒼瞳を向けると、彼女の軍服の裾をキュッと握り締めてきた。その様子にイシスが何かを思い出した様にクスリと笑みを零すと、少年の目線まで屈みこむようにして告げた。
 「・・・ああ、こう見えても私はこの中では一番偉いんだ。指揮官は常に最前線で指揮を執る ――― そう言うと、煩く文句を言う奴もいるけど ――― ・・・それが、私の持論でね。それにまだ、私は他にも部下を残してここに来ているから、そいつらを拾いに行かないといけないんだ。」
 「この中で、一番偉いの?」
 彼女の言葉に、びっくりした様に目を見開く少年を安心させるかの如く、イシスはにっこりと微笑み ―――
 「そう、一番ね。それに・・・私は強いから、大丈夫。」
 ――― 少年の額に軽くキスを落とすと、それからダイアン准尉に向って少年を連れて行くようにと合図を送った。

☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆

 「 ――― ほんと『こども』には優しいっスよね、イシスは。」
 少年を連れたダイアン准尉の背中が見えなくなるのと同時に、イシスの隣りから聞き慣れた声音を含んだハボックの声がした。
 それに気付いたイシスが、おやっとした表情でそんなハボックの顔を仰ぎ見る。
 「なに・・・それって、もしかして『妬いてる』とか?」
 「・・・オレ、そんなに大人気なくはないっスよ?」
 「はい、はい。もうジャンってば、ほんと昔っから甘ったれだよね。」
 自分のからかいの言葉に、何やらムッとした様子で口をへの字に曲げる、彼女にとっては常に変わることなく一番大切な『こども』の背を、イシスはそう言って苦笑を零しながらも軽く宥める様に叩いた。
 途端にハボックが再び抗議をするかの様に、イシスの方へ身を屈めながら口を開こうとしたが、イシスの行動の方がそれよりも少しだけ速かった。

 『こども』の頃から既にハボックが馴染んでいた、羽のように軽い接触がハボックの唇に優しい温もりを残していく。
 「イ、イシス・・・!?」
 予想外のその接触に、彼女の甥が思わず怯むのを、イシスは愛おしそうに目を細めて見遣った。
 そう、イシスには最初からハボックが少年に対して、何を感じていたのかが分かっていた。
 彼女が少年に向ける眼差しや仕種、と云ったモノに、最愛の甥に当たるこの青年が抱いたであろう既視感を伴う感情・・・そしてそれがもたらすであろう『喪失』の記憶 ――― そう、『あの時』の感情を、彼女の一番大切『こども』はトレースしているのだ、と・・・
 「大丈夫 ――― 私は強いから、大丈夫。それに、私はジャンを絶対に『のこして』なんか『いかない』から・・・大丈夫だよ。」
 目の前に立つ背の高い青年に、彼女の記憶の中にある『こども』の ――― 自分を見つけ出した時に浮かべた今にも泣き出しそうな、それでいて安堵した様な『あの時』の ――― 姿を重ねながら、イシスはそう言って微笑んだ。

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

≪interlude≫

 ――― とんだ事になったものだ。

 と、男は内心 『彼ら』 が敵に回した予定外の相手の強さに、忌々しげに舌打ちした。

 今回の襲撃の標的は、市街の建物を占拠した武装集団の鎮圧のために出動した東方軍に於ける、実質的な指揮官である 『焔の錬金術師』 が ――― 勝敗は別として ――― 疲れて先に帰還するであろう事を見越した上での、二段構えの襲撃となるはずだった。
 そして男の予想通り、先に帰還する車を運転していたのは、いつも 『焔の錬金術師』 の警護を担当する金髪の少尉だった。 だからこそ、先ずはその少尉から片付けようとした矢先、車を運転していた少尉が何かに気を取られた様子で車のスピードを落とした。
 それは、狙撃を決行するには持って来いの条件ではあったのだが、まさかその後でターゲットが 『ソレ』 を避けるとは、正直言って男にとっては思ってもみなかったことだった。
 その上、車から真っ先に飛びだした金髪で中尉の略章を付けた軍人は、男の予想していた 『焔の錬金術師』 の副官ではなかった ――― が ・ ・ ・ こと射撃の腕に関しては同等、否、或いはそれ以上だった。
 何故ならその中尉は、初撃で狙撃手を威嚇しただけに留まらず、二発目には後腐れがないようにきちんと始末さえしてしまっていたのだから。
 しかも男にとって一番の番狂わせは、襲撃した車に乗っている筈の 『焔の錬金術師』 の代わりに、そこで中将の略章を付けた ――― 彼にとっては嫌になるぐらい 『馴染み』 のある、しかし本来ならここでは出会う筈のない ――― 珍しい相手を目にしたからだった。

 ――― まったく、選りにもよって、何故こんな所であの 『魔女』 に出会わねばならないのか!?

 男は苦虫を噛み潰した様に歯軋りすると、対 『焔の錬金術師』 用に用意した装備は、これでは役にたたないだろうと見切りをつけた。
 なにしろここにあの 『魔女』 が居るのであれば、必然的にその隣りには 『あの男』 が居る事になり ・ ・ ・ そうなれば、其れ-用意した装備-が、相殺されるのは目に見えている事で ・ ・ ・ かと言ってここで襲撃を止める術は男にはなかった。
 そう、作戦を立てたのは自分だが、実行に移すのは男の仕事ではない。 しかしこれでは ・ ・ ・

 ――― 『アフターケア』 は ・ ・ ・ 一応必要だろうな。

 男はため息を吐いて手にした双眼鏡を仕舞うと、作戦の一部変更を伝えるべくその場を後にした。

≪interlude out≫

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 「確かに・・・私は『襲撃者の大体の頭数を割り出してくれ』とは言ったが、ここまで派手に遣るとは正直思わなかったぞ?」
 イシス・ハミルトン中将はそう言って嘆息すると、目の前の光景に少しだけ頭が痛くなった。
 その隣りに佇んだハボックに至っては、口許に咥えた煙草がポトリと落ちるのにも気付かず、開いた口が塞がらなかった。

 ( ――― 確かこの辺一帯は、自然公園を目指した広い庭園形式の広場だった筈、なんだけど・・・なんで砂漠化してるんだ?)

 そう、彼らの目の前には、明らかな遮蔽物となるようなものなど存在しない、荒涼とした砂漠が広がっていた。
 しかし所々に散在する、瓦礫様の石碑がそこに在ったであろう庭園の名残を留めているのが、ハボックにもどうにか視認できる。
 確かに、これなら容易に襲撃者を見つけ出す事は可能だろう。しかし・・・

 (・・・誰が一体、ここを元に戻す事になるんだよ?)
 
 ハボックのその問いに対し、答えを返す相手はここには存在しなかった。
 何故なら、イシスとハボックが残された西方の面々に合流した時には、既に彼らと襲撃者との間で激しい攻防戦が繰り広げられていたからだ。

 そして最初に合流した二人に気付いたのは、やはりと云うべきか、冷静に戦況を追っていた ――― だが、明らかにこの現状を生み出した『大元』と思われる ――― トリヴァー中佐だった。
 次に、射撃担当のトリヴァー中佐とソール中尉のその横で、イシスの存在に気付いたヘインズ少尉が手に馴染んだ自分の得物を取り出すと、指揮官であるイシスにお伺いをたてる様な視線を向けてきた。その明るい光を纏うブルーアイが、襲撃者を『殺しても平気ですか?』と、云った剣呑な色を浮かべて生き生きと輝く。
 しかし、それに対してイシスは僅かに眉を顰め・・・首を横に振った。
 イシスのその反応を目にした途端、ヘインズ少尉が、仕方ないなぁ、と云った様子で肩を竦めると命令を肯定する様に手を挙げる・・・が、そのおどけた様な仕種も束の間のことで、次の瞬間には彼は表情を引き締めていた。
 「ソール中尉、援護の方頼みます!」
 そしてそう叫ぶなり、僅かに残った遮蔽物の合間を縫う様にして駆け出していく。
 「ああ任せろ、少尉!」
 それを受けたソール中尉の的確な援護射撃が、相手の銃撃をことごとく封じていく。

 ソール中尉の援護の下、やがて敵の背後に回り込んだヘインズ少尉の手中のナイフが、一人づつ確実に、同時に反撃を行う術を許さぬ様な非情さで以って、敵の手足を鮮血と共に封じ、まるで生き物であるかの様に舞い踊っていく。
 その、鮮やかにナイフを扱うヘインズ少尉の姿に、ハボックは何故だか既知感を憶えた。

 「ジャンってば、そんなに不思議そうな顔をするなよ。」
 すると隣りで傍観を決め込んでいたイシスが、ヘインズ少尉の動きを魅入った様に凝視するハボックの表情に気付いたのか、クスリと笑い・・・それから、種明かしを始めた。
 「ジャンがアレに見覚えがあるのは、別に不思議な事じゃない。だってアークのナイフ使いは『クラブ』仕込みだからな。ナイフを扱う基礎を教えたのは確かに私だけど、アークの隠されていた才能を開花させたのは『クラブ』の手腕だから・・・師匠は誰かと聞かれたら、アークの奴はやっぱり『クラブ』だ、と答えるだろうし・・・まぁ、アークとジャン。お前達二人が本気で戦ったら ――― 現段階では、ジャンが負けるでしょうね。」
 そう言って苦笑するイシスに、ハボックは同意せざるを得なかった。
 何故なら、自分とヘインズ少尉とでは、明らかに踏んで来た場数も、その種類さえもが違いすぎるのは明白だった。
 それ故に、襲撃者に致命傷を与えることなく、しかし確実にその急所となる部位をまるで舞い踊る様にして突いていくその姿を、ハボックは陶然として見守ることしか出来なかった。

 ――― そうして、謎の襲撃者との攻防戦は、それから30分もしないうちに終息を迎えた。

☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆

 ハボックは戦闘が終息したのを確認すると、周囲への警戒は怠らずに、それでも首尾の確認を兼ねて状況報告をすべくトリヴァー中佐の方へと歩き出した。
 イシスもまた、それに倣おうとして立ち上がり・・・次の瞬間、自分の利き足を襲った鋭い痛みに僅かに顔を顰める。どうやら先程の狙撃から少年を庇った際に痛めた足首が、今頃になって熱を持って腫れてきたらしい。

 ( ジェシーに知られたら・・・かなり拙い事になりそうだな。)

 イシスは咄嗟に、副官から下されるであろうお小言について考えを巡らさせると、憂鬱な気分になりながら、それでも痛めた足首の状態を隠すよう素知らぬ振りを装い、そのままゆっくりと歩き出そうとした ――― が、その際どうしても利き足を引き摺りそうになるのを抑える事は出来そうになかった。
 そしてそれが、彼女の致命傷となり得る事態を招く結果となった。

 ハボックはトリヴァー中佐の方へと歩き出してから暫くして、自分の後に続こうとしていた筈のイシスが、なかなか後を追ってこようとしない事に気付くと思わず足を止めた。
 イシスは無論何も言いはしなかったが、薄々ではあるものの、ハボックはイシスの足の状態に気付いてはいた。
 しかしイシスの性格上、例えその身にアクシデントを抱えていたとしても『それ』が作戦に支障を来たさない範囲内であれば、最後まで『それ』を隠そうとするだろう ――― と云うことはハボックにも分かりきっていた。
 それ故に、なかなか後を追ってこないイシスの気配に、ハボックは心配そうに背後を振り返った。
 だからこそその時、ハボックは予想外の気配がイシスの背後の、しかもその足元に生じるのを目撃する事となる。

 そう、自分達がいま居る場所で遮蔽物と云えば、僅かに残った石造りの庭園を囲む柵のようなモノだけで、人が隠れられるようなモノではない。しかし、彼らの足元は今や砂地であり、固い土ではなかった。
 そして次の瞬間、舞い上がる砂塵と共に現れたのは・・・

 「イシス、後ろ!!」

 ハボックはイシスの背後の、しかも足元に出現した敵に気が付くと警告の声をあげた。
 同時にハボックは使い慣れたナイフを取り出そうとして、手持ちのソレは先程の偵察の際に使いきり回収できていない事を思い出し舌打ちする。
 ならば銃を使うしかない ――― と、ハボックがそう思った瞬間、目の前のイシスが自分の方へとナイフを投擲してくるのが目に入った。


 イシスはハボックの警告の叫びを耳にした瞬間、自分の背後に上がった砂塵とそこから生じる明らかな殺気に反応して迎撃しようとした ――― が、途端に鋭い痛みがイシスの利き足に走り ――― 彼女は自分が、今は動くに動けない状態に陥っているのを、瞬時に理解した。
 イシスにとって、利き足に思うように体重を掛けられないこの現状では、効果的な攻撃など行える筈もなく・・・それでも彼女は、ここで全てを諦める積もりは毛頭なかった。
 そう、直接的な迎撃は無理ではある・・・が、避けられない訳ではない。
 故に彼女は咄嗟に取り出していたナイフを、自分の背後の敵にではなく前方で銃を取り出そうとしていた ――― 彼女が自分のナイフを託すに値する唯一人の相手 ――― 最愛の甥に向って投げながら、利き足に体重を掛けるのを避ける様にして軽く身を捻った。
 次の瞬間、イシスの脇腹を灼熱感にも似た痛みが駆け抜けていき・・・青い軍服の切れ端と共に鮮血が宙を舞った。


 「 ――― !?」
 イシスが投擲して来たそのナイフは、ハボックの目の前、それも手を伸ばせば直ぐそこ、と云う絶妙な位置の地面へと突き刺さっていた。
 ハボックは直ぐにイシスの意図を汲み取ると、躊躇なく身を躍らせて目の前のナイフを左手で掬い上げるように抜き取り ――― そして、そのまま投擲した。
 不確かな足場と姿勢・・・しかし、それでもそのナイフの一撃は、襲撃者の動きを完全に封じ込めていた。

 「 「 なっ( す、凄い )!!!??? 」 」
 
 その予想外の襲撃の蚊帳の外にいた彼らは、一様にその光景を目にして息を呑んだ。
 目の前で繰り広げられたナイフを通しての、彼らの上官と東方司令部少尉との連携プレー ――― それが何を意味するものなのか・・・それは最早彼らの目には一目瞭然だった。
 そう、それは・・・ジャン・ハボックと云う名の彼の少尉が、イシス・ハミルトン中将の『弟子』以外には有り得ない、と云う事だった。

       ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆

 ハボックはナイフを投擲すると同時に、本来のセオリーに反し、襲撃者の確保を二の次にしてイシスの許へと一番に駆け寄った。そして、後から駆けつけてくるであろう西方司令部の面々の目から、イシスの脇腹の傷を隠す様に腕を広げる。
 何故なら、そう・・・既にハボックの居る位置からですら、千切れた軍服から覗くイシスの脇腹の傷がもの凄いスピードで治癒していく光景が見て取れたからだった。
 それはハボックにとっては、既に昔から見慣れた光景-治癒過程-ではあったが、それを自分以外の人間に見せるべきではない、と判断したのだ。

 そしてハボックがイシスの傍らに辿り着くまでの、ほんの一分にも満たない間にも、イシスの脇腹を穿っていった傷跡は、銃創に伴う火傷や裂傷と云った痕跡すら残すことなく跡形もなく消え去っていき、やがては赤い水脹れにまでに治癒すると・・・その後、完全に消えた。
 あとに残ったものがあるとすれば、それは ――― 確かに彼女が撃たれたという証である ――― 血塗れた軍服の切れ端だけだった。

 イシスの傍らに辿り着いたハボックは、その血に染まった軍服から覗く白く滑らかな肌を目にした途端、顔を顰めるとズボンのポケットを探った。
 そして、何気ない様子で血のついた軍服の切れ端を拾いあげ、それをポケットから取り出したハンカチと共に、本来であればイシスの脇腹にあるはずの傷口にあたる部分にあてがうと、それを固定するために自分のズボンのベルトを外し、あたかも止血をするかの如くきつく締め上げた。

 ――― まったく、皮肉なものだ。

 ハボックは黙々とイシスの『傷』に応急処置を施しながら、その様子を沈痛な面持ちで眺めるイシスの表情を窺い、ため息を吐いた。
 こうした明らかに重傷となり得るであろう外傷は、こんな風に呆気なく、そしていとも簡単に治ると云うのに、足首の捻挫などと云う大した事もない怪我には、彼女の治癒能力はまったく働かない・・・これでは、外科的手術など到底受ける事など出来はしないだろう。
 そう云った意味では、今回の受傷はラッキーだったと言える。
 しかし、だからと言ってイシスが受けたであろう精神的なショックや出血性ショックと云ったものが、完全に緩和された訳ではなかった。

☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆

 「 ――― ジェシー・・・どう?」

 ハボックがイシスの応急処置を終えた頃、定石通りに襲撃者の確保を最優先に行っていた彼女の副官が、漸く彼らの傍らに遣って来ると、イシスの脇腹の血塗られた固定を目にして、ほぉ?と感心した様に目を細めた。それから、僅かに肩を竦める仕種を見せながら答える。
 「応急処置の事であれば、上出来、と言うべきでしょうが・・・襲撃者に関して言えば ――― ダメですね。」
 「 「・・・!?」 ――― 急所は外してたと思うけど?」
 確保に失敗した、と言うその答えに、ハボックのみならずイシスもまた驚いた様に息を呑むと、予想外の報告を寄越した副官を仰ぎ見た。
 「確かに・・・急所は外れていましたよ。」彼は二人の視線に怯む様子もなく、軽く首を横に振った。「ただ、相手もかなりのプロですね。失敗した際の事を見越して、毒を用意していたようで ――― 確認した時には、既に息はありませんでした。」
 副官のその答えに、イシスは砂地に潜りながら自分を狙撃する機会を窺っていた最後の襲撃者が装備していたガスマスクにチラリと視線を遣ると、ヤレヤレと云った様子で嘆息した。
 「しかも随分と用意周到だな。ガスマスクをああやって応用するなんて、普通は考えないだろう?」
 「ええ、まったく。イシス中将の仰る通りですが・・・しかし、妙ですね。」
 上官の意見に同意した副官はしかし、今までの襲撃経過を振り返るとやはり納得がいかないのか、思案深げに深紫色の瞳を眇めると他の襲撃者から何か情報が得られないかと、生存者の有無を確認しに廻っている二人の部下に視線を遣りながら、ポツリと呟いた。
 「なにが?」
 「今回の襲撃では、どう考えてもこちらの手の内を敵に把握されていた気がして仕方ありません。」イシスの問いかけに、諜報部時代には参謀役としても重宝されていた彼女の副官が自説を展開し始めた。「ガスマスクを用意したのも、本来なら揮発性のある物質を使うための装備、と考える方が妥当です。」
 「成る程・・・となるとソレって、ジェシー向きじゃあないね?」
 副官の言葉の裏に隠された示唆を敏感に察知したイシスが、困った事になりそうだな? と、言いたげに眉を顰めるとハボックの顔色を窺う様に視線を泳がせた。
 「はい。『気』を得意として扱う私向きでないのは確かですが、『火』を得意として扱うマスタング大佐には・・・有効でしょう。」
 「 ――― !? じゃあ、今回の襲撃の標的は大佐だった、と・・・!?」
 漸く見えてきた襲撃の背景に、標的が決して無作意ではなく、明らかに自分の直属の上司を想定していた可能性を示唆され、ハボックは思わず驚きの声をあげていた。
 「それが一番、妥当な線だろう。」
 それに答えるトリヴァー中佐の声は、感情を一切含まぬ淡々としたものだった。

 今回の襲撃の標的が、自分の直属の上司ロイ・マスタング大佐である、と云う事実はハボックにとっては予想外の打撃だった。
 しかし、考えてみればソレはある意味当然のことなのかもしれない。
 何故なら事実上、現在の東方司令部の実質的な指揮権が司令官である将軍にではなく、その補佐を務める大佐にあるのは周知の事実であり、頭を叩く、と云うのが戦略に於ける基礎である事は、既に言うまでもないことだった。
 それにしても、今回の襲撃を今までの軍に対するテロと同列に考えるには『彼ら』の行動は、あまりにも統率が取れ過ぎていた。その証拠に、襲撃者の中にはヘインズ少尉が手加減を加えたにも係わらず、誰一人として息のある者はなかった。
 これでは襲撃者の裏を辿る糸は切れた、と言っても過言ではないだろう。

 ハボックは大きくため息を吐くと、次に自分に向けられるヘインズ少尉とソール中尉の視線に、居心地悪げに身動ぎした。イシスを狙った狙撃を、ハボックがナイフを使って阻止した時点で、彼らに自分の素性の一部がバレたのは確実と言ってもいい。
 かと言って、自分とイシスの関係をどの程度まで彼らに暴露して良いものか、と云う話になるとすれば、一体どうすべきか・・・それは、ハボック独りの判断では決めかねるモノだった。
 故に今にも自分に向かって、何かを聞き出した気な彼らの様子に、ハボックはこの場をどう切り抜けるべきかと必死になって思いを巡らせていた。そして・・・
 「さて、と。もうこれ以上、ここで出来る事はないわね・・・そろそろ引き上げましょうか?」
 その時、周囲の被害を検分し終えたイシスの声が、ハボックに助け舟を出して来た。
 「じゃあ、オレ・・・車を回して来ます!」
 先の襲撃でフロントガラスをやられたとは言え、車自体には被害がなかったのが幸いだとばかりに、ハボックは誰にともなく、パッと反射的に敬礼するとその場を駆け出した。

☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆

 そして、そのハボックと入れ違いになるようにして、『こども』の護送を任せた筈のダイアン准尉が彼らに合流してきた。なんでも、少年を護送している途中で撤退を始めていた東方軍に遭遇したのをいい事に、そちらに預けて戻ってきた、と云うことだった。
 その報告を受けたイシスが、ダイアン准尉に労いの言葉を掛け終わると同時に、最早我慢の限界である、と云った様子でヘインズ少尉が質問してきた。
 「イシス中将! 彼の『アレ』は一体!?」
 「ん~?」イシスは勢い込んで質問してきた部下に、この辺が潮時かな? と考えながらも小首を傾げて見せた。「アークの言ってる『アレ』って、ジャンのナイフのこと・・・かな?」
 「そうです!ハボック少尉のあのナイフの投擲の正確さ・・・それに中将との連携はどう考えてみても ――― 」
 アーカム・ヘインズ少尉は、勢いのままに自分の疑問を口早に告げていたが、やがて上官が先程の答えの中で、ハボック少尉の事を『ジャン』と、敢えてファーストネームで呼んでみせた事に思い至り思わず言葉をきった。
 何故なら、イシス中将が自分の身内と認めた部下以外をファーストネームで呼ぶことは皆無であり、そしてあのナイフ使いの正確さを見る限り、彼の少尉がイシス中将の『弟子』である事は一目瞭然であった。それらの意味する事を総合すると、答えは自ずと見えて・・・
 「 ――― って、まさか!?」
 「う~ん、そのまさか・・・かな?」イシスは自分の部下が独自で辿り着いたであろう仮定に、正確な答えを与えるべく笑みを深めた。「 ――― ジャンはね、次期『スペード』候補だよ。そのために、私が手塩にかけて育ててきた訳だし。」
 「イシス中将が直々に・・・ですかっ!?」
 途中から合流したため、それまでの話の流れに付いて行きかねていたダイアン准尉が、その時になって漸く話題に含まれた意図に合点が云ったのか、明らかに素の状態で驚いた様にそう聞き返してくる。
 「そっ。三年かけて、それこそ基礎からじっくり・・・とね。」
 「 ――― 三年!?・・・って、そんな長期に我々に内緒で!?」
 今度はトリヴァー中佐に次いで、彼女と付き合いの長いソール中尉が、信じられない、と云った様子で息を呑んだ。
 「ん?ああ、内緒もなにも、ちょっと訳ありでね。その頃の事はジェシーだって詳しくは知らないと思うぞ? ――― なにしろジャンを育ててたのって、私の全盛期・・・つまり今から彼是10年以上も前の事だし?」
 「 「 「・・・!?」 」 」
 イシスのその答えに、トリヴァー中佐を除いた西方司令部の面々が、それこそ言葉を無くして立ち尽くした。
 「 ――― と・・・まぁ、そう言う事で・・・あと、これ以上のことに関しては『     』関連の極秘事項に係わるから、詮索はなし、の方向で宜しくな。」
 イシスはそう言ってから ――― 今までの軽い口調がまるで嘘であったかの様に ――― エメラルドグリーンの瞳を僅かに眇めると、普段は彼らにすらあまり見せる事のない冷ややかな笑みを口許に浮かべた。
 それだけで、彼女とその周囲が纏う空気が変わる。

 ――― そしてそれこそが、西方司令部副司令と云う表向きの肩書き以外にも『ハート』としての役職上与えられた、彼女の最も信任に値すると評価している部下達への無言の圧力に繋がる事を、イシスは誰よりもよく理解していた。

 故にその表情を目にした途端、彼らが一斉に姿勢を正すのを、彼女は満足気に見遣ると僅かに頷いた。
 「さて・・・では、部外者もいない事だし、今のうちに今回の襲撃の『裏』について、少し検討しておこうか?」
 そうしてイシスは、どうやら今回の東方視察に於ける『ハート』に求められたであろう用件に彼らの注意を促した。

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


≪interlude≫

 男は自らが手懸けた 『作戦』 の失敗を見て取ると軽く舌打ちし、それから懐に隠し持っていた 『モノ』 に伸ばしかけていた手を下ろした。
 忌々しいが、今ここで男が介入する事は、上からは許可されていなかった。
 仕方なしに、男はズボンのポケットから煙草を取り出すと口に咥えた。
 その際、ジャラン ・ ・ ・ と、耳慣れた音と共に煙草と一緒に仕舞いこんでいた銀色に鈍く光る時計が零れ落ちる。
 その、ベルトの先から鎖に繋がれ、所在無くゆらゆらと揺れる銀色の光に男は暫くの間目を落としていたが、やがて『それ』 を乱暴にポケットの奥へと押し込んだ。
 そう、それはまるで、今の自分が置かれた状況にも似ている ・ ・ ・ と、 男は自嘲の笑みを浮かべながらポケットの中の 『それ』 をきつく握り締めた。
 『軍の狗』 ――― そう人に蔑み呼ばれるようになって一体何年が経つのか ・ ・ ・ 男はそれを数えることには厭きていたし、実際のところもう忘れてしまった。
 それでも、嘗てあの 『魔女』 と共に過ごした、あの血塗られた日々だけは、忘れようと思ってもそう簡単には忘れ去ることなど出来ないはしないだろう。

 ――― そう、血塗られた日々だった。

 それなのに何故、男の記憶の中に今も尚、変わることなく棲みつづける 『魔女』 はこんなにも美しく、そして光り輝いているのだろうか?

 あの、クルクルと目まぐるしく変わる表情や、普段は怜悧な色を湛えていながらも、時折ドキリとするほど妖艶な色を纏い濡れるライトグリーンの瞳、そして幸せそうな笑みと共に秘めやかに男の名を紡いだあの甘く柔らかな唇 ・ ・ ・

 男はそこまで回想すると、フッと自嘲にも似た笑みをその口許にのぼらせた。
 
 「イシス・ハミルトン 『中将』 閣下か ・ ・ ・ 偉くなったモノだ。 なぁ、 『魔女』 殿?」

 そして男は、二度と後ろを振り返ることなくその場をあとにした。

≪interlude out≫

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 ハボックが車を回収し戻ってみると、砂漠化したはずの庭園は『完全』とはいかないまでも、一応は元の形に近い姿を取り戻していた。
 そう、どうやら建造物に関しては修復は可能であったらしい。しかし、閑散としたその様子から、流石に植物に関してはどうしようもなかったらしい、と云う事実が見て取れた。
 ハボックはその、整然と舗装された道と閑散とした建造物の間を車でゆっくりと走り抜けて行った。
 やがて、やや開けた広場と思しき場所まで来ると、ハボックはダイアン准尉を含めた西方司令部の面々が、その場に勢揃いしているのを遠目に見て取った。
 そして、そこからどうにか300メートルほど離れた車を停められるであろう地点まで車を寄せると、運転席から降り立った。

 「お待たせしました、ハミルトン中将。」

 ハボックがそう声を掛けると、イシスとトリヴァー中佐を除いた面々が、一斉にハボックの方を振り返った。その様子に思わず怯みかけたハボックではあったが、自分を見遣るその三対の色の違う瞳には、多少の好奇心は浮かんではいたものの、以前の様な何かを探る様な色はなかった。
 そこからハボックは、どうやらイシスが自分に関する最低限の情報だけを彼らに説明したのだろう、と見て取った。
 でなければ、この程度の反応では済まされないであろう、と云う事は普段イシスに接する彼らの姿勢からも容易に窺い知ることができる。
 「ああ、ありがとう、少尉。」
 イシスは彼女にモノ問い気な視線を寄越すハボックに、薄っすらと柔らかな笑みを向けると、部下に『撤収するぞ』と云った様子で合図を送り、踵を返して歩き出そうとして ――― 僅かによろけた。
 イシスのその様子にハボックは思わず声を挙げかけた・・・が、そんなイシスを如才なく隣りに居たトリヴァー中佐が支えたため、ホッと安堵の息を吐くにとどめた。
 しかしその一方で、それを目にしたソール中尉を筆頭とした西方の面々が、拙い、ッと云った様子で一斉に目を覆うが視界の隅に入り、思わず首を傾げる。
 そして・・・
 
 「中将、お痛が過ぎましたね?」よろけた上官を支えた副官がにこりと、それこそイシスにとっては悪魔の『ソレ』の様な笑顔を浮かべると、次の瞬間には唖然とする上官をヒョイと自分の肩へと担ぎ上げた。そうして、そのままの笑顔でつづける。「 ――― 帰ったら、念入りに『お仕置き』しないと。」

 「ジェ、ジェシー?」
 なにが起きたのか分からぬ様子で、唖然としてされるがままになっていたイシスが、副官の告げるその意味深な『お仕置き』と云う言葉を聞いた途端に顔色を変えると、慌ててジタバタと副官の肩の上で暴れだした。 
 「そんな腫れかかっている足で、無駄な抵抗をせんで下さい。」
 肩の上で暴れる上官に対し、トリヴァー中佐は顔色一つ変えることなくそう言い放つと、車に向って歩き出した。
 「いや~~っ、悪魔! 人でなし~! は~な~せ~!!」
 しかし勿論、副官のその尤もそうな発言に騙されるほど、イシスも莫迦ではなかった。
 何故ならそう、ここでしっかり抵抗しておかなければ、後々副官にその点を楯にあらゆる意味に於いて、なんやかやと付け入る隙を与えかねないからだった。そんな事になろうものなら、いくら自分の身体能力が一般人のそれよりも優れているとは言え、彼女にはまったくの勝ち目がなくなる、と言っても良いだろう。 
 「はいはい、分かりましたから。まったく・・・それ以上暴れると『本気』を出しますよ?」
 それこそ必死になって抵抗するイシスに、その時、副官の揶揄する様な声が聞こえた。
 その、表面上は穏やかな ――― しかしその実はかなり頭にきているらしい ――― 副官の、その声音に含まれた険に気付いたイシスの顔から一気に血の気が引いていく・・・

 「げっ!? う、嘘でしょ!! ちょっと! ア~ク~、ジ~ン~、フィルでもいいから~、助けてよ~!」

 ――― そして、仕舞いには、恥も外聞もなく部下に助けを求めだした。
 しかし、彼女の部下達はこう云う時は、自分達が一体『誰』に付くべきであるか、と云うことをきちんと理解していた。

 「 「 「 さよ~なら~、中将。お元気で~♪ 」 」 」
 ( ( ( まだ、俺ら死にたくないんで遠慮しま~す! ) ) )

 ――― そう、下手に介入すれば、犬も喰わないなんとやらの上、命あってのモノ種、にすら成りかねない事態を招く事も、彼らはこれまでの経験上から嫌と云うほど身に沁みていた。
 その結果、彼らは今回のような場合に於いては、例えそれが上官からの命令であったとしても無視し、厭くまでも上官を見捨てる ――― と云う選択肢を選択する事に『躊躇する』と云う概念は最早持ち合わせてはいなかった。 

 「この~裏切り者~!! 恨んでやる~! ――― え~ん、ジャン~!!」

 そうして最後には、自分にまで助けを求めながら副官に担がれ遠ざかっていくイシスの姿を、ハボックは一体何事が始まったのか、と云った様子で唯々唖然と見送っていた・・・が、やがてハッと我に返ると、西方司令部の面々を振り返り尋ねる。

 「あの~?『お仕置き』って一体?」

 ハボックのその質問に対し、尋ねられた彼らは一様に『説明してもいいものだろうか?』と云った表情を浮かべると、互いの顔を見合わせた。それから暫くの間、彼らにしか分からない無言の応酬がその場で交わされる。
 しかし、結局最後にはイシス中将の次期『スペード』候補、発言を思い出した彼らは、自分達の目の前で困惑した様子で答えを待つ彼の少尉に、トリヴァー中佐が告げた『お仕置き』の本当の意味を暴露したところで、特に問題にはならないだろう、と決め込んだ。そして・・・

 「あ~あ、あの様子じゃ中将、2~3日は足腰立たなくなるな。」
 と・・・遠ざかる中将に合掌しながら、ヘインズ少尉が呟く。
 「へっ? 足腰って・・・まっ、まさかっ!?」
 「ああ、ここだけの話、あの二人・・・うち-西方-じゃあ、公認の関係だからさ。」ヘインズ少尉はにやりと人の悪い笑みを浮かべると、驚きのあまり目を見開いたハボックにそう耳打ちした。「まあ、装備一式を剥ぎ取って組み敷いちゃえば、いくら中将でも体力で中佐には勝てんでしょうが?」
 「ちょ、ちょっとそれって、問題になるんじゃないっスか?」
 ハボックは一瞬、話の趣旨を取り違えてから次に、ヘインズ少尉の言わんとする事の意味を正確に汲み取ると、慌てて二人の後を追おうとして・・・止められた。
 「さあ? なんせ西方司令部の影の総司令は、トリヴァー中佐のようなもんだからなぁ。その気があるかないかは別として、イシス中将が訴えたところでまず勝ち目はないっしょ?」
 再びヘインズ少尉が悪びれた様子もなくそう言ってから、掴んでいたハボックの腕を放すと肩を竦めて見せる。
 「ええ。それに、なんだかんだ言っても、中将は中将で楽しんでますよね?」
 続いてダイアン准尉が、クツクツと笑いを漏らしながらも、その上官の言葉を補足する様に告げた。
 「まあ、そうだな。これで西方に戻って暫くは、遅れていた分の仕事もはかどるし・・・な? ――― しかし、羨ましい。」
 そしてソール中尉が苦笑しながらもそう相槌を打つと、最後に三人を代表するかの様に呟き、それから上官の後を追う様に歩き出した。
 「「まったく、な。」ですよね。」
 後の二人が、そのソール中尉の後を追う様にして歩き出しながら、声をあげて笑い合う。
 残されたハボックは、口々に談笑しながら遠ざかる西方司令部の面々を、唯々茫然として見送るしかなかった。

 ( ――― 叔母さん、オレ・・・なんか、貴女を助けられそうにありません・・・>汗 )

 そう、君子危うきに近寄らず・・・と云う言葉の意味を、ハボックはその時、思い切り実感したのだった。


               『西方の魔女』東方視察編 第九章 ~WILD ATTACK~ 終  
                      2005.01.08 脱稿 2005.01.15 改稿



『あとがき』と云う名の言い訳

 ラストでややコメディチックにはなったものの、やっぱり暗めな展開が続く第九章でしたが如何だったでしょうか?
 今回は当初の予定通り、第八章に引き続き今後の展開上で重要となるであろう捏造設定をちょこちょこと出してみました。しかも前回の「言い訳」でも触れたイシスさんの秘密の一環も、あ~ゆ~形で暴露しちゃいましたが・・・これって、「あり」ですかね?
 さぁ~ってと...イシスさんってば帰ったら、どんな『お仕置き』をされちゃうんでしょう(爆)!

   http://webclap.simplecgi.com/clap.php?id=isisu


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